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シャンパーニュはシャンパーニュだけ

これを読んでいる人には少ない比率だろうが、泡が入っているワインのことを何でもシャンパンとかシャンペンとか呼ぶのは間違えているし、やめてほしい。更に、出来ることならばシャンパーニュと本場読みにしてほしい。まぁ英語ではシャンパンと聞こえるしそう呼んでいるのかもしれないけど。フランスの飲み物なのでフランス読みにプロはしてるね。

シャンパーニュの定義は、フランスシャンパーニュ地方で生産されて、決められた方法で作って認定されたものだけが名乗ることができる発泡性のワインのことなのだ。だから、フランス製でも他の地方で作られたものや、イタリアのSpumanteやスペインのCavaなどは、(英語では) スパークリングワインと呼ぶのが正しい。

クリスマスの季節になると、赤・白・緑、時々金・銀色も含めたパッケージのスパークリングワインが酒屋のみならずスーパーマーケットにも売りに出される。その飲み物はその飲み物として売って、買った人が飲む分には文句は言わないが、これを シャンペン入荷! とか書かれると、少しだけカチンとくる。一年に一度飲むあの飲み物をシャンパーニュだと信じて間違えている人も多少いるのではないか・・・な。

結婚式の乾杯の酒、一流の所ではスパークリングワインと呼んでいるが、昔はシャンパンと言ってるのを聞いたことがある。本当にシャンパーニュが出てくるならこんなに嬉しいこともないが、それに遭遇したことはない・・・(高いからね・・)
ちなみに、あの平べったいシャンパングラス、あのグラスはおめでたいのかもしれないが、フランスでは使っていないし見たこともない。知らないけど日本独自の文化なのだろう。フランスではフルートと言って長細いグラスで泡を楽しむのが一般的。時々、広口のグラスで香りの開放を狙っているのもあるけど。
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少し追加:
もし、クリスマスにシャンパーニュを豪華に飲みたい人は酒屋で Champagne と書いてあるのを購入するべし。3500円位からあるかな。ちなみに、ドンペリと呼ばれている、Dom Pérignon は、モエ・エ・シャンドン社の高級シャンパーニュの固有名詞。常識の範囲だけど、世の中一般には知らない人も多いので一応書いてみました。


この話のポイントは、自分の知っていることが全て正しいと信じていて、もしかしたら自分が間違えているかもしれないし、今自分が生きている文化の世界だけに通用する事なのかもしれないという事を、知らないのかもしれないということだ。(複雑だがあってると思う)

ランドマークのブレークスルーテクノロジーコースの説明会では、”知らない事すら知らない事” にアクセスします という表現をする。簡単に言うと、泡のワインをシャンパンだと信じていた人は、間違えている事を知らなかったという事だ。”井の中の蛙大海を知らず” は、自分の住む井戸が全世界だと信じていて、本当の海を知らない蛙の話。私は全世界を知っていますと豪語していた蛙が、本当の海を知った時に大きな自由を得ることだろうし、少し恥を感じるかもしれない。

我々人間は、自分の知ってる事が全てだと生きがち。知らない世界が沢山あるかもしれないということに、気がつかないでいることに責任を取ってみよう。今の世の中、何を信じていいか分からない。あなたの信じている情報は実は真実と異なってるかもしれない  ・・・し真実は無いかも知れない。

非凡である、平凡である、祝51歳

● 2000年ではなく2001年の1月1日から21世紀が始まるように、生まれて丸50年経過して後半を50年と仮定すると、後半の始まりは51歳の誕生日からとなる。

● 平凡である人の特徴はなんだろう?

人と同じようなことをする? 飛び抜けていない? 

じゃ、非凡な人は?

環境次第でない人? 大きな仕事をしている人? 変な人? 人と違う人? ・・・平凡でない人?

大きなコミットメントを持っていて、実際に行動して、成果を得ている人 も非凡な人のうちに入る。世界中から核兵器をなくすとか、ガンジーみたいにインドを独立させるとかの大きなコミットメントがあってもいいが、ここ数年のうちに達成できることではない。最終的には大きなコミットメントがあった方がいいが、マイルストーンとして手に届くけど少し難しいのをつくると良い。

●ご存知の人も多いが、私のブログや日記では旅行中のトラブルと解決とがよく登場する。また、現地に行ったから分かる情報やら経験を積んだから理解できたこともある。これはそれだけその手の経験をしているので知り得たこと。私の作った格言で ”情報は知らないより知っている方が絶対得をする” というのがある。小説やら映画の結末のように知らない方が良い事もあるが、それらは例外として知っていればその情報を利用することもできるし、捨てることもこともできる。

●また、私のブログには美味しい料理の皿の写真も沢山登場するし、自分で作った皿も登場する。美味しい物を食べたいという興味がある人なら、まずい物より美味しい物を食べたいだろう。人によっては一回一回の食事を大事にする人もいれば、空腹感の苦痛から逃れる為に胃に何かを入れれば良いという人もいる。コンビニ弁当で満足の人もいれば、レストランの食事なら満足な人もいるし、超高級レストランへ行ってようやく満足の人もいる。その人の食事に対するレベル・価値観により、絶対値ではなく相対値は変化する。

●日本語ではあまりポピュラーではないが、”シェアーする” という動詞がある。これは英語の方がぴったり来る言葉であるが、あえて日本語にすれば 分け与えるとか、情報を共有するとか、教える のような所だろう。私は、自分が知り得た情報やら得た経験はシェアーしたいと思っている。教えない方が良い情報もあるが、それは取っておいて教えてもいい情報は公開したい。私のブログでは自慢話と読むことも出来るが、基本的にはシェアーしたい内容が多いと思っている。

●シェアーするというのは自分の言葉を他人に公開する事。こう考えているとか、言おうと思っているというのは、自分の中から外に出ていないので隠し持っているのと変わらない。ランドマークの ブレークスルーテクノロジーコース の中では、自分で創った可能性を他人にシェアーして他人に存在させるということも講義の内容に含まれている。そう、自分で考えているだけでは頭の中やら自分が書いたメモの中にあるだけで、世の中には存在しない。これを人に ”言う事” によって、自分の考えが外にも存在する。

●これは宣言をすることであり、これが達成できない場合にはかなりカッコ悪いし、やりとげなけばならいという足かせにもなる。無言実行というように、密かにやり始めて成功してから言うという方法もある。し か し、これはあまり自分の行動を引き起こさない。是非、有言実行してコミットメントを他人に存在させてから行動することを推薦する。

●ブレークスルーテクノロジーコースの後にある ”非凡である” を探求するフォローアップのセッションに参加しているが、その中でリーダーの K氏 は、”コミットメントはシェアーするべきだ” と私の背中を押してくれた。こちらとしては、まだ準備中だし公開するには早いと思っているので控えていたが、今日から後半の50年に足を踏み入れたことだしシェアーをすることにする。

●準備中? そうなのだブログや日記はこの準備のため・練習のために書いている。自分が得た事・経験したことを公開したい、公にしたい、本にしたい、出版したい。自慢となるが年に2ヶ月は海外にいるので普通の人では確率的に経験することはないことまでやっている。ローマ、ミラノ、パリ、デンパサールの大使館や領事館には世話になっているし、命が危険にさらされる場面も何度かあった (事故になりそうなだけだったけど)。

●今年迄は占いとか天中殺とか手相とかその手のやつで、新しいことに手をつけない方が良い年というのを聞き、これをいい理由にして大した努力をしてこなかった。しかし、来年からは人生で最高に弾ける数年がやってくるそうなので、これもまたいい理由にして頑張ってみる。コミットすることは、来年中に料理か旅行の本を書いて出版する事。

●実際、私の独特の文章やら写真のファンは数多いし、本を出せと良く言われる。期待に沿おうではないか、素晴らしいのを書くから待っていて頂戴。まだこれはマイルストーンの一つであり最終点ではない。

エンロールメント と アメリカンダンスアイドル

So you think you can dance. アメリカFOXのダンス番組だ。ケーブルテレビのFOX JAPANでは先日シーズン5が終わり、シーズン6が始まった所→FOX JAPAN 土曜・日曜の21:00~ アメリカでは既にシーズン6も終わっている。日本語のタイトルは アメリカンダンスアイドル という。全米何万人の中からオーディションでスターになれるダンスを踊れる人を勝ち抜きして、最終的には男女10人ずつ20人に絞って毎週2人ずつ落ちてゆくという過酷な番組。その前にハリウッドへ2時審査へ行けるかどうかが初めての難関となっている。大体100人~200人位の人がハリウッドまで行って審査を受ける事が出来る。

ハリウッドではアメリカを代表する振付師の課題を短い時間で習得して踊らなければならない。グループ審査やら個人審査があり20人に絞られる。それだけでも凄いのだが、Best10になるとアメリカ40都市縦断ツアーにプロとして踊りに行ける。スカパーやらCATV以外の地上波では見られないのがちと残念。

まあ、活字にしてみればつまらないのだが、TVで見ると最高に燃える! 私の歴史上一番好きなTV番組だと思う。(あ....違った一番は料理の鉄人だ、これは二位) 毎週、毎週楽しみになっているのだが、半年で終わってしまうので、その他の時は歌の番組を見る。こっちも好きだがダンスにはかなわない。

技術的に上手い人がいる。これは上位に行く為の必要条件だ。基礎ができていないと何事もいい仕事は出来ない。でも、技術だけでは最高のパフォーマンスを提供するには不十分なのだ。私はここの足りない部分を Being(あり方)と呼んでいるが、同じ行動をしていてもBeing が充分かそうでないかで違うように見えるのだ。個々の部分は本当に微妙な所なので分かりにくいかもしれないが、歌の世界でもそうだし、楽器の世界でも、運動の世界でも、その他のARTの世界でもそうなのだと思う。
例としてはチープだが、同じ100km/hの速度を出すのにも、軽自動車が一生懸命出しているのと、ポルシェが出しているでは、同じ100キロに見えてもどこか違う・・・こんな雰囲気。

毎回、毎回 10種類以上のダンスが見られるし、全体では何十と見ているが、前回シーズン5で私が個人的に一番気に入っているのはこれ。これはエミー賞を受賞したこともある ミア マイケルズ という振付師が、依存症の女性と悪の道へ誘い込む男を描いている・・・女性はやめようともがいているのに、男性はどんどんひきずり込んでゆくというのが2分弱のダンスに表現されているというわけだ。この手のダンスを見たこと無い人はそんな観点から見て欲しい↓ ちなみに女性ダンサーは ケイラ、私のお気に入りだ◎

音楽は Sara Bareilles の Gravity この曲もまたよろしい◎

見たら分かるかもしれないが、ダンサー達は100%の演技をしている。一瞬たりとも気を抜いたり、他の事を考えていない。自分をそしてダンスの意図を表現するだけの為に集中している。その人に触れたという体験を観客が感じることが出来たら本物だ。こういうのを100%というのだな。

これは優秀な作品だったので最終回の総集編でもおなじペアで踊ったが、これを見ていた審査員は総立ちのスタンディング オベレーション。その中の一人 アダム シャックマン(映画 STEP UP2・3Dのプロデューサー、ヘアスプレーの監督)は涙を流して拍手していた。ダンスで鳥肌が立つ表現をすることができるのだ。


ランドマークのブレークスルーテクノロジーコースの中ではエンロールメントを扱う場面がある。時々勧誘とか説得と間違える人がいるが、自分を100%表現していれば勧誘も説得も必要なく、自分を相手に伝える事が出来る。その人に心触れられた時に初めて心を揺さぶれるということだ。オリンピックで真剣にスポーツをしている人を見ると感動するでしょ、心うたれるでしょ。あれがエンロールメント、100%の自己表現だ。あなたは、自分の人生100%で生きているだろうか?



知らないという事は・・・

知らないという事”単体”では恥ではないが (知っている人と比較して) 知っている人から見るとそれは恥に見られるし、知った時に自分が恥ずかしい思いをするはめになる。


バリ島ではぴんからきりまで(漢字分からん)の泊まるところがある。数千円の下の方で泊まれる民宿みたいな所から何十万円する超高級な所もある。仕事もするし、せっかく行くのだからリゾートもする。状況に応じて相応しいホテルに泊まることにするが、前半の数日は日本で言う所のビジネスホテルみたいな安めの機能的なホテル。欧米人(主に豪州人だが...)も多く、日本人も多数見かけられる。ホテルの従業員はすれ違う時には、英語でGood morning. とか Good afternoon. とかの挨拶が出来るし、レストランでは ・・・, sir. も付けられる。
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レベルとして一流ではないが、まぁ快適に過ごせる事が出来る。仕事モードの時は、こんなホスピタリティーは必要で無いし、機能が揃っていればそれでよろしい。

次のホテルは海にあるけど、安価で大規模なホテル。大きな長いプールもあるし、海まで歩いて1分だ。機能やら設備に関しては問題ない。ただ、従業員はすれ違っても無視だし、20人位すれ違ったが、Good morning. と言われたのは、朝食時部屋番号を聞きに来た人一人だけだった。別に挨拶して欲しい訳ではないが、そおいう環境で仕事をしている人はそれなりのサービスを提供する事になる。多分オーナーの立場と経験が従業員に影響していることだろう。
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挨拶しない従業員はそんな環境で育って、サービスというものを知らないし、英語も出来ないのかもしれないが、それがどう思われているかも知らない。言われた事や やらなければならない事をするのが仕事なので、何も考えなくてもいいし それだけで給料はもらえる。ポイントは知らないことを知らないのは恥ではないし、それ”単体”では問題ないのだが、知っている人が見たら奇異に見られることになる。


同様、”人間である”と言う事も知らないことを知らないのは、魚には水の存在があたりまえになっていて感じられないように、鳥には空気の存在を感じられないように、人間であると言う事はどんなことか全く知らない世界に存在している。

ランドマークのブレークスルーテクノロジーコースでは、徹底的に人間で”ある”ということを色々な角度から探求する。知ってどうだと言うことは無いのだが、知らない世界に住んでいるのと、知っている世界に住んでいるのとは全く違う事に気が付くことだろう。おまけで行動の自由さや新しい物事の見方を手に入れることが出来る。

仕事が出来る人は先の事を予測していたり、他人やら雰囲気やらをよく観察している。空気が読めないなどということは無い。このコースに参加すると今起きている物事がくっきり見えるようになる(...と言う私の意見)。だから人間関係も良くなるし、仕事の生産性も上がる。真面目に言うが、これを戦争している国々に(両方に)伝播させたら戦争なくなると思う。ちなみにアメリカでは流行ってるんだけどね。


次に行くホテルのサービスはエクセレントで引っかかる所は一つも無いレベル。挨拶は当たり前で、すれ違う時は道の端に寄って待っていてくれる。従業員のあり方に”サーブ”が染み込んでいる。勿論顧客はその教育制度と彼らの給料と設備にそれ相当のお金を払うことになる。彼らはサーブを知っているという区別がある。ちなみに、そこは ”カユマニス”。

THAI GREEN CURRY

久々に作ったグリーンカレー。連休中はコースの責任者をやるので朝からパワーカレー。 映像を載せましょう。

今回の添加物は、リンゴの擦ったの、生姜の擦ったの、ピーナッツバター、ハチミツ、ナンプラー。いい具合に出来上がっていい味に出来上がりました◎
キットに含まれている、こぶみかんの葉とココナツパウダー。 メイン食材は鶏肉、野菜は 茄子、しめじ、おくら。
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東京では、月に1回か2回あるブレークスルーテクノロジーコース。参加する人は新しい自分に挑戦中。3日後には大きな可能性を手に入れていることでしょう。


遠慮の文化

日本人の良くある習慣に”遠慮”というのがある。みなさん良くご存知なのであえて説明する必要はないが、欧米人にはそれはほとんど存在しない(・・と私は感じる)。何か食べるか? とか、これあげる とか言われた時に、日本人はまず、いいです(いりません)とか、いやいや・・・ とかが自然に出てくる。プレゼントする方が日本人なら、その辺の勘所をつかんでいてなんとか渡す事が出来るが、欧米人が渡す方だと、”あ、いらないんだ”と一瞬で引っ込めてしまう。こっちは、あれあれ・・・と思うけど、もう相手には完了してしまっていてあとからやっぱりくださいとは言いにくい←これも遠慮だね。

私は、オメデタイ性格なので嬉しい物は遠慮なく頂くことにしている。空気を読むことはするが(どちらかというと得意だが)、どちらかというとずうずうしい位にありがたく頂くので、くれる方は気持ちがいいはず・・・

日本人の奥ゆかしさは美徳という説もあるが、やはり世界には通用しない変な文化と表れることだろうし、日本人から見たら欧米人はクールで配慮が無いと表れることだろう。


ランドマークのブレークスルーテクノロジーコースに参加すると、遠慮するなとか文化を打ち崩せとは言わないが、いかに自分が育った文化がいかにも真実として信じてしまっていることが分かるだろう。本当の真実は何だろうと探求することも出来る。

前にも書いたが、犬がレストランにいるのは不潔とか非常識というのは、日本人の常識であって日本人の文化の中に存在する。欧米人にはこんなこと全然考えてない。
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国母選手がシャツを出してパンツをずり下げて日本代表として遠征に出かけるのは確かにだらしない(と私は思う)。しかしある種の若者にはカッコいいと表れ、きっちりユニフォームを着ている方がダサいと表れているかもしれない。外国のどこかではシャツが出ていようが、パンツが下がっていようがどちらも同じで区別が分からない人もいるかもしれない。つまり、あなたにとってだらしないと思っていても、それが世界共通の絶対の真実というわけではない。

だからどうって事もないのだが、”じゃ、真実って何?”を知らないで過ごすより知っていて過ごす方が対応力も異なると言うもの。何事も知らないより知っている方が絶対得をする。


先日イタリアのレストランのシェフと一緒に高級懐石レストランでディナーをした。(この時の内容はあとで・・・) いつもイタリアではお世話になっているので、初めて東京に来たということを記念してご馳走した。多分、普通の欧米人は”ああそうか、ありがとな”で終わってしまうと思うのだが、彼は ”それはいけないよ、いやいや払うよ”みたいな表現をしていた。長い間日本人と触れて過ごしていると日本人的になるのか、それとも日本にいるときは日本人風に振舞うようにしているのか分からないが、日本人の文化の遠慮をすることを出来るというのは凄い事だと思った。彼は体感的に両国の文化の良い所とそうでない所の区別が出来ているのだと思う。

イタリアの地震

こちらがパリからイタリアへ入る日に(4月6日) イタリア中部で大地震が起こった。200人以上の方が亡くなって建物は崩壊して、テレビではテント生活の人々を放映している。こちらは北にあるミラノへ行ったので全く問題ではなかった。

イタリアは長細い格好をしているし、緯度も近いし、温泉や活火山もあるし、日本と似ている所も多い。もちろん、地震もある。全然関係ないようで共通点も多い。本当かどうかは別にして親日家も多いと感じる。


直後にメールが何通か届く、

地震は大丈夫ですか?
 影響は無いですか?
  心配しています・・
   生きててよかった・・

どうもイタリアにいるだけで不安になる人がいるらしい。それでも気にかけてくれているのはとても嬉しい物だ。しかし・・・

”まさかイタリアに行っているなんて言わないでね”

・・・と書かれてしまうと、インフルエンザ大流行の地域やら戦争勃発の国へ行っているのと同じだと思われている節がある。

日本からローマ・ミラノへJALとアリタリアの直行便だけで1日1本ずつ運行されている。他社もあるし、満員にならないまでも毎日、毎日、1000人位は行っているというわけ。そんな中、200人の犠牲者になる確率はゼロに近いレベルで低い。
ちゃんと比較した事はないけど、街中で交通事故に遭う確率の方が遥かに高いはず。

地震と同様、飛行機事故も確率が低い。飛行機は怖いから乗らないという人がいるが、そういう人は自動車にも乗らない方がいい。まあ、その人の肩を持てば、死ぬのが怖いのではなくて、落ちるのが怖いのね・・とも思うけど。


それでも心配するのは何故? 何故? 何故?


心配性の人は何でも心配したくなる。世の中の出来事がすべて心配になる原因を持っている。

外国産の牛肉は・・・
 世界経済は・・・
  自分は病気になるのでは・・・
   会社の存続、退職金は出るのか・・・
    年金は貰えるのか・・・
     携帯電話の電磁波は・・・
      豚インフルエンザの大流行は、バンデミックは・・・
       子供が不良になるのでは・・・
        夫の浮気は・・・
         老後ボケるのではないか・・・

みんなの不安をリストにしたら限りがない。


しかし、どんなに心配しても、どんなに不安になっても、落ちる飛行機は落ちるし、携帯は使わなければならない。何が起きようが、起きる事が起きるだけ。


不安の要因を取り除ける人は、飛行機に乗らなければいいし、携帯を持たなければいい、マスクをして外に出ればいい。そういった行動をとった時初めて、不安から逃れる事ができる。

逆に言えば、行動をしないで、不安がっていても何事も変らない。今までと同じ事が起きるだけだ。


★心配や不安は何事も解決しない★


ランドマークのブレークテクノロジーコースに参加すると、”ある” ことが ”ある”の概念を自分の物にすることが出来る。ピンと来ないかもしれないが、別の言い方をすれば、”無い物は無い”ということ。事故はあればあるし、なければない。いくら心配しても変らないということ。

物事が何でもシンプルになる。人間いつかは死ぬわけだし、それが早いか遅いかだけのことだ。だから、犠牲になったに方は意味が無いとは言わないし、追悼の意は述べたい。

もちろん、二次災害を受けない為に被災地に行かないように・・とか、救助しろ・・だとかの行動を起こす言葉は何か違いを作るかもしれないが、ただ日本にいて心配しても何事も違いを作らない。


じゃ、何故? 何故? 何故?

不安や心配は解釈の世界に含まれるので、実際にあることではないから真実ではない。本人にとっては心配しているわけだから真実として捉えたい気持ちがは分かるが、いかにも真実と混同してしまって、自分の解釈に踊らされているというわけ。実際に事故にあってるという真実ではない。

そんな解釈は自分しだいでいくらでも変更が出来というパワーを、このコースに参加したら得ることができるだろう。少なくとも小心者は太っ腹になれるだろう。





文化の相違

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犬というのはお店に入れないもの・・・という同意があるけれども、それは日本独特の文化であって、海外ではそういう文化はない所がある。まれに、犬は食べる物という文化もある。

日本人から見てみると当たり前のことでも海外の人が見ると当たり前でない事も多い。靴屋ならばまだ許せるかもしれないが、レストランとか食料品屋でも全く普通に犬をお店に連れてくる。以前パリのバスの中で、車椅子を設置する場所にでかい犬が寝ていたのには驚いた。

まあ、時々一流の所に関してはダメだと表示している所もあるけれども、わざわざ入り口に書いてなければ、フリーパスで連れてきていいということなのだ。
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靴を脱いで家に入る? など、彼らには知らないことすら知らない世界なのかもしれない。実際、わが家に土足であがろうとしたアメリカ人がいるのを目の前で見てしまうと、そんなの知っていても実感できる。


人間(特に日本人は単一民族なので)には自分が育った文化が世界共通の同意があると信じている人が多いと私は思う。犬はお店に入れない、靴は玄関で脱いで上がる・・・等。しかしその同意は自分が育った文化がたまたまそうであっただけで、世界中共通なわけではない。

・・・ね、そう思わないぃ~、信じられなぁぃ~、そんなの常識でしょ、それらはその人にとっての常識であって文化が違えば絶対の真実では無いということ。これを履き違えると視野の狭い人間となってしまう。


同様、文化のような大きな事象ではなくて個人の考え方の相違というのもある。人間には同じ事を言われていても、人によって聞こえ方が違うことがある。耳の鼓膜と脳との間に変換フィルターがあるようなものだ。

”思い込みが激しい”と言われる人種がある。何かを言われたら自分の解釈によってそれが真実だと信じてしまう人たち。その服素敵だね・・と言われたら顔が悪いって事ね・・とか(そんなこと言ってないし思ってもいないのに)、これをやっておいてもいいよ・・と言ったらやらなければならないと命令されたと勘違いする人、目をみたその瞬間に相手は別の所を見た・・この人私の事嫌いなのかしら(たまたまあっちを見ただけなのに)、こんな例は山ほどある。


ランドマークのブレークスルーテクノロジーコースでは、真実と自分が勝手につけた解釈を区別するという講義がある。いかに、自分の都合の良いように物事を聞いているか、または聞いていないか。いかに、自分勝手な解釈をしているか・・・そんなのを新しく発見できるであろう。それに気が付いた時に、相手が何を言いたいのか、何を伝えたいのか、私は何を聞くべきなのか・・・そんなのも分かるであろう。コミュニケーションは聞くこととはよく言ったものであるが、目の前にいる相手の言葉を聞いているだけでは不十分なのも発見できるであろう。聞くことが出来てやっと相手に物を伝えるということが可能になる。

解釈か真実かに注意していると、世の中の人がいかに解釈に振り回されているのかが見えてくる。おっと、この文章ですら真実とは限らないし、一つの考え方であって、私が解釈して書いていることをあなたが読んでいるというだけだ。

世の中には真実であるように見えて、どうだか分からないものが沢山ある。究極的に言えば、真実など無いに等しい位である。何故なら本当の確認ができないからだ。

ミッションコントロール

"アポロ13" という映画(1995)を見たことある人もいるだろうし、本物のアポロ13号は失敗に終わったという事(1970)を知っている人もいるだろう。宇宙飛行士の活躍もそうだが、地上にいるNASAのメンバーの活躍を見ていると色々と考えることが出てくる。エドハリスが演じたジーン・クランツが地上の全指揮をとって緊急事態の対応をするわけだが、彼の白いヴェストを着た瞬間からの立場が素晴らしい。コミットメントとはこういうことを言うのだろうと確信する。

これは、本物のジーン クランツ
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こっちはエドハリスのジーン クランツ
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地上での基地から計画からシステム全てを”ミッションコントロール”と呼ぶらしい。NASAでの宇宙計画は全て地上にてコントロールしているわけだが、例えば発射までの準備、発射から月着陸、地球に帰還して、その後もすべて計画通り・スケジュール通りに物事は運ばれてゆく。ここの場所の事はミッションコントロールセンターと呼ばれているが、この中ではアドリブやら思いつきで行動は出来ない。すべてが管理されていて時間軸に沿ってスケジュール通りに物事が運ばれてゆく。


これを自分の人生に当てはめてみたらどうだろう。生まれてから死ぬまでがひとつのミッション。時間だけが全ての人に平等にリニアに与えられ(長さは異なるけれど・・)その中でどのように生きるかは自分のデザイン次第。どうせならば生産性の高いデザインを自ら創り出そうではないか・・という考え方ができたらどんなに欲しい人生に近くなるのか・・・
ランドマーク社の中でこの”ミッションコントロール”というワークショップを体験できる。これには、基礎である"ブレークスルーテクノロジーコース”をやっていなくても参加できる。

仕事でアウトルックを使っている人には更に効果的にスケジュールを作る事ができるだろうし、スケジュール通りに物事が運ばない人も多いだろう(多分ほとんどの人がそうだと思う)、やることが多くて無理だと分かっていてもスケジュールしなければならない辛さ・・・または、やることが山のようにあって何個かは忘れてしまい大問題になってから表面に出てくるとか・・・人間は心の休まる暇が無い。

このワークショップに参加すると、心の平安(Peace of mind)と莫大な生産性を手に入れる事ができる。私がこのワークショップから手に入れたのは、スケジュールにいれない事は人生には起きないという事を発見できたこと。例外は除いて、コンサートの曲リストに載っていないのは演奏される可能性は低いし、映画のシナリオに書いてない事を撮影する事はまずないし、台本にない事をアナウンサーは言わないし、結婚式の最中にお焼香をすることもないだろう。

自分の欲しいことをスケジュールしておけばその事が起きる可能性は格段に高くなる。こんなことを2日間にわたって色々とやるセッション。生産性が高くなるのは必須なのだ。

http://www.missioncontrol.jp/p_workshops.htm

? → 行動 → 成果

結婚したいという人が男も女も周りに沢山いる・・・が、ほとんどの人は待っているだけで何も行動していない。誰かが結婚相手を連れてきてくれると思っているようだ。基本的に待っていても成果は出てこない。

周りの色々な人が紹介してくれたり、親が面倒してくれる人もたまにはいるだろう。しかし普通は何かの行動を起こさない限り成果は来ないものだ。

同様、転職をしたい人や、旅行に行きたいと言っている人も沢山いる。お金を儲けたいとか地位を向上させたいとか事業で成功したい人とか・・・

そんな人に限って、何かいいこと無いかなぁ~ なんて言っている。

いいことは行動を起こした人にのみやってくる。
本人が行動を起こして、初めて成果を手に入れるチケットを手に入れることが出来るのだ。



じゃ、成果をとる行動はどうしたら起こせるのか??

英語は勉強しなくちゃいけないのは知っているけど勉強できない。
部屋は掃除した方がいいのに、いつも散らかっている。
早起きしなきゃいけないのに、いつもギリギリ。
貯金したらいいのに、沢山買ってしまう。
ダイエットしたいのに、食べちゃう。

集約すると・・・
やらなきゃいけないのは知っているけど行動できない。



そして逆に世の中には、結婚している人や、うらやましい事に何回も結婚している人までいるし、部屋が綺麗な人やお金持ちやダイエットに成功した人も沢山いる。この差はなんだろう。
性格か? 根性か? やる気か? 強い意志か? 何だ??


・・・色々な考え方があるとは思うが、私が支持しているのは”あり方”の事。
その人がどういう人であるかが、行動を決める。


成果を作る人(である人)は、成果を作らない人よりも成果を作る可能性が高い。ここに行き着く。

意思が強い人は、弱い人より食べたい時の欲求をがまんする力が強いので、ダイエットに成功する確率が高いし、眠い時にも早起きするだろう。

同様、楽しく勉強が出来る人は英語も数学も楽しくやってしまうことだろう。勉強が嫌いな人は、なにも勉強をしないことだろう。

楽しい人は常に楽しい出来事が人生に起きてくるし、苦労をする人は何事がおきても苦しくやることだろう。


すべての出来事の行動はその人のあり方が影響しているという考えを支持。ランドマークのブレークスルーテクノロージーコースでは、 ”あり方のシフト” を目指しているので、今の自分のあり方を発見して、そしてどういう人であるかを自ら発明する作業も含まれている。

そう、タイトルの ? には あり方が当てはめられる。

            あり方 → 行動 → 成果  
                                  別の言い方をすると
            ある → やる → 持つ

ほしい成果はあり方をほしい成果を手に入れる為の物にシフトしてあげればいい。ブレークスルーテクノロジーコースでは あなたのあり方を少し変化させてくれる。行動するかどうかや、どう行動するか、成果がでるかどうかは自分次第であるがあなたの ”ある” に大いなるインパクトがあるのは確かだろう。

私はどうにかなるという ”あり方” を持っているので、このあり方の中で、初めての土地でも困難なくホテルやお店を探せる自信があるし、言葉が話せなくてもコミュニケーションできるのを知っている。

”楽しい” というあり方の中には、何が起きても楽しくなってしまう。普通の人なら辛かったり不幸だと思う事でも楽しくなる。タイヤがパンクすればいい経験が出来たと思うし、何か盗まれたらもっと大切な物が盗まれなくて良かったと思うし、注意されたらいい忠告だと聞くことができるし、困難な仕事も楽しく出来るし・・・楽しいの内側には 楽しい しか含まれていない。


あなたのあり方を自分の発明した可能性にシフトできたらどんなに素晴らしいことだろう。もう一度書くが、あなたのあり方が成果を創り出す。

コミットメント

”言葉には消しゴムが無い” というのは以前私が良く使っていた格言みたいなもので、そういう風に生きていた。一度言ってしまったらもう取り消しができないと言うこと。今言わなくても必要になったらあとから追加すればいい。だから、何かの発言するとか自己表現は控えめになってしまう。

誰かに、”好きだ”と言ってしまったらあとから取り消す事は出来ない。失敗すると(嫌われて)言わなきゃよかった・・・ということになる。もう二人の関係は仲の良い友達ではいられなくなる。ギクシャクした関係となってしまうという訳。たまにラッキーで ok が出る確率はあったとしても、この失敗するリスクは負いたくない。だから、ok が出るという確証がないと行動に移せないものだ。

同様、営業の売上高とか、試験や就職、結婚など他人に宣言するというチャンスは人生色々とある。

何でも正直に言ってしまう人は、それなりにメリットはあるかもしれないが、多分大きな代償(失敗)を払っている事だろう。

失敗をしないためには、穴に入らずに見ていることだ。虎の子は手に入らなくてもチャンスはいつかやってくる。確実になるまで待てば良いし、確実にならなければ行動しなければ良い。そうすれば失敗しなくなる。



・・・そんな人生も悪くはないがエキサイティングさに欠ける事になる。ランドマークのブレークスルーテクノロジーコースに参加してからは、私はどんどん失敗できるようになった。大失敗はしないが大成功もしない安定した人生から、大失敗もするけど大成功もするという、折れ線グラフの最大値と最小値の差が大きな人生を得る事ができた。どちらが良いかは別にして、積分値(面積)が大きいのは 大失敗-大成功 の方だ。ロールプレイングゲームのように経験値を上げるにはリスクも必要となる。波乱万丈エキサイティングな人生の方がそうでないより私は楽しい。



コミットメントという言葉もちらほら世の中で聞かれるようになったわけだが、コミットするということは自分の言葉に忠誠を守り達成への行動をとるという事。失敗を恐れる人は、安易なコミット(小さいコミット)をしてそれに対して達成はするが小さい成功で満足する事になる。

自分は宣言したこと(コミットした事)は全て達成しているという人は、小さいコミットをして(達成できるコミットだけをしている)、大きなゲームに参加していないと言える。たまには大きなゲームをしてもらいたいものだ。

ただ、注意しなければならない事は無謀なことは言わない事。今月10億円稼ぎますというのはほとんどの人には不可能な事だろう。過去に基づいてちょっと難しいことをコミットするのが丁度いいレベル。

難しい(大きな)コミットをする人は達成しない可能性も含まれている代わりに、エキサイティングな行動やらエキサイティングな人生を歩めるというちょっとしたおまけが付いてくる。どちらが良いかは任せるが、私はブレークスルーテクノロジーコースに参加してからはエキサイティングな人生を楽しんでいる。

選択の自由

右に行くべき か 左に行くべきか 迷う事がある。真ん中で停まっているわけにもいかないので、持っている少ない情報を元にどちらに進むか決断することになる。

この時、自分が決めた方向より決めなかった方向の方が良かったかなと思う場合がよくある。そういう時は何故こっちにしてしまったのか後悔することが多い・・・

人生には選択する場面に数多く遭遇する。学校を選択、職場を選択、転職を選択、結婚を選択、離婚を選択、住む場所を選択、買うか買わないか、何を買うか・・・・

その時、自分が選んだ方が良くなかったと思うことはとても簡単なのだ。何故なら自分の選択に責任を取らなくていいから。他の理由に責任を取らせることになる。環境が悪かった・あの人のアドバイスが悪かった・だって仕方ないじゃん・これしか選べなかったよあの状況では・・・等々。しかし、反対側を選択したとしても同じことを言う事になるのだろう。


ランドマークのブレークスルーテクノロジーコースに参加してから、自分の選択に責任を取れるようになった。今まではあっちの方が良かったと、後悔している人生であったが、今では声を大にしてこっちでよかったと言えるようになった。

だから、日本でも外国でも自分の信念に沿って行動が出来る。それは自信にも繋がる。英語でディサイシブという言葉があるが、日本語に無理やり訳すと決定的ということ。選択の場面になると、ええぃこっちだ、次はこっちだ、こんどはこれだ・・・とディサイシブに選択が出来る。そして自分の選択に後悔しない。これは簡単でかつ無駄の無い人生で、おまけで時間の節約にもなる。どうしようかなぁ、あっちにしようかなぁ、と悩んでいる間が一番パワーが無い。


転職した直後は失敗したかな・・・と思っていた。他人が見ても失敗したなあいつと思っていたことであろう。しかし、長い目で見てみると成功したと声を大にして言える。

コースに参加した後には、高くても安くても買って後悔した物は無い。レストランで料理を選択して失敗した事はない。料理を作っていて、(こればかりは多少失敗するが・・・)、ほぼ思い通りのものが作れる。

・・・ああ多分、失敗したと感じても自分の選択に責任が取れるので後悔しなくなったと言う事だろう。ポイントは人生相当シンプルになったと言える事。

”器” って・・・

”病は気から” とよく言います。自分は病気だと信じている人には、37度の熱でも大病としてその人に表れるし、自分は健康だと信じている人には38度の熱でも大したことがないと本人には表れます。ちょっとしたことで薬に頼る人もいれば、ガンなのにエベレストに登頂する人もいます。

別に考えてみれば、自分は健康なんだという立場を取っていれば、そして自分は健康であるという ”器” の中の世界に生きていれば健康になれる (健康であると宣言できる) ということです。


私達はこの自分を入れている”器”に対してあまり意識を持ちません。自分が何をしているか、何を持っているか、何がしたいか、何が欲しいか・・・やること・持っている物に大変興味を持ちます。

し・か・し、実は重要なのはそれらが入っている ”器” なのです。何故なら、やること・もつことは全てこの ”器” の内側で起きている事なので、この ”器” が違う物になったら、起きる事全てが違う物として表れてきてしまいます。サングラスの色を変えたら、サングラスの色に世界が見えるのと似ています。黄色のサングラスをしたら、風景は黄色く映るみたいに・・・

同様、機械は苦手という人は懐中電灯の電池さえ交換できません。機械は得意という人は飛行機さえ飛ばせてしまいそうです。


私は、ランドマークのブレークスルーテクノロジーコースに参加をしてからは、自分の ”器” が”失敗をしない為の人生”だったということに気が付きました。だから、大失敗はしませんが大成功もせず、冒険をしないで安全に生活していました。
コースに参加をして自分の可能性を掴んだ時、自分の器は、 ”色々と挑戦をして失敗を恐れない人生である” というのを発明しました。そうすると、どんなルーティンワークでも、難しい作業でも、何をやるにしても、チャレンジングにかかわることが出来て、楽しいと感じられるようになりました。そして、チャンスが訪れた時に、何の躊躇もなく挑戦ができる人生となりました。

これは軽い・軽い! そして、何をやるにも楽しい・楽しい!

その時、自分の ”器” を 楽しい! に変えてみたら、何をしていても楽しい風に表れてきました。だから私は楽しい人なのです。これは、サングラスを変えるように自分の可能性を好きなように変えられると言うことにもなります。


今の仕事を始めたとき、新しい土地に行く時、難しい料理を作る時、高い買い物をする時、難しい決断をしなければならない時、初めての事をやる時、後ろ向きではなく失敗を恐れずに前向きに挑戦するという立場を取れるということは、自分を自由にして、パワーを与えてくれます。

転職も安易に出来るし、見知らぬ土地で見知らぬ人と分からない外国語で話すという事も安易に出来ます。困難にぶつかっても停まることなく前進できるので、なんでもやってこいという立場を取ることが出来るようになりました。


”病は気から” ・・・どうせなら、自分を力づける ”器” の内側で生きてゆきたいものです。

冷静って・・・

携帯が無いぃ! とか、遅れるぅ! とか言ってバタバタ周りを巻き込んで大騒ぎをする人が時々います。他人が見るとそんなにあわてなくてもいいのにと思いますが本人はそれどころではありません。

私は”冷静ですね”とか"落ち着いていますね”と時々言われます。私だって携帯が見つからない時や遅れそうな時もあります。


話変わって、イタリアの高速道路の制限速度は130キロです。レンタカーのアルファロメオは流れに乗ってA1道路のパルマ周辺を160キロで走っていたのですが (なんと皆これ位の速度なのです)、道路が急にザラザラしてガタガタと車が振動するようになりました。あれれと思いスピードを落として第三レーンから第二レーンへ移動したら、ハンドルが重いのと後輪が振れている感じがします。後ろを見ると、白い煙が出ています。ああパンクだなと分かるまで約2秒。路肩に停まってタイヤを見るとパンクではなくてバースト(破裂)でした。


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後輪だったので舵も効いてまだ良かったわけですが、今までの私だったらパニックにはならないまでも、心臓ドキドキ、血糖値上昇、アドレナリン分泌過剰、冷や汗タラタラ、だったでしょう。

どんな状態でも、どんなにひどい状況でも、冷静でいられるというのは、以前書いたランドマークのブレークスルーテクノロジーコースに参加してからの成果です。コースの中では冷静になれとかあわてるなとかの内容はありませんが、今起きている事を区別して認識するという項目があります。

理論までは書けませんが、タイヤがバーストしたという事と、まだ起きていない事故の恐怖とは関係ないという事がはっきりと区別できるようになります。人間は、まだ起きていないことを起きるかもしれないという不安や恐怖に自動的に摩り替えてしまうみたいです。(老後の不安、転職の不安、結婚への不安、一文無しになった時の恐怖、地震やテロの恐怖、・・・など)実は、まだこれらは起きていなくて自分で想像しているだけなのです。


冷静に路肩に停まって、三角の追突防止表示板を置いて、腕時計をはずして、上着を脱いで、工具とスペアタイヤを出して、着々とタイヤ交換をして何事もなかったように、その場を立ち去りました。そうそう、写真を撮る余裕もありました。
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何かが起きる時は起きるわけだから、どんな環境でも受け入れて何でも来るものは来いという風に開き直れるのは大きなパワーと可能性を私に与えてくれます。環境次第ではなく、自分で人生を切り開いてゆく感覚です。

アマルフィー海岸

イタリアのナポリから少し南に下った半島はアマルフィー海岸と言ってユネスコの世界遺産にもなっている。ここは断崖絶壁に細い道路が通っていて、名の通り海岸線が世界遺産になっている珍しい場所でもある。ここに始めて来た時には丁度夕方で、レンタカーのランチアを握る手はかなり緊張していた。何故なら無理やり作った道はグネグネでハンドルは右に左に目一杯回さないと回りきれないほどの急カーブ。こんなのが何キロも続く。丁度夕方だったので、海が黄金色に輝きこの世と思えない美しさ。こんな場面のドライブはとても楽しい。
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・・・ところが途中プツンと渋滞となってしまい全然進まなくなってしまった。20分ほど待っていたが時々前からバイクが数台通る位の静けさ。これはおかしいと思い、運転を代わってもらって歩いて前に見に行った。

大きい青いバスが2台急カーブ過ぎてお互いすれ違えないで立ち往生していた。私は見ていて、こっちのバスが少しバックしたら反対側のバスも通れるのに・・・と思って見守っていたが、イタリア人はわいわいがやがやなんだか言っているが、結局らちがあかないで立ち往生はそのまま。よく見ると、バスはバックしようとしていてもその後ろについている車がびったりくっついているのでバックすら出来ない。このまま見ていても一晩中この状態が続くのが目に見える。

私は、勇気をしぼってバスの後ろの車を下げることにした。自慢ではないが私はイタリア語はほとんど出来ないし、英語も片言である。1メートル下がってくださいという言葉はどうしても出てこない。1の事をイタリア語で ウノ、メートルは分からないから 英語でメーター バックも分からないから英語でバック、
PLEASEはイタリア語で PER FAVORE(ペルファボーレ)という。ええい!、英語イタリア語混合だ。 ウノ メーター バック ペルファボーレ と後ろの運転手に言ってみたらどうやら通じたようだ。めんどくさそうにギアをバックに入れてすこし戻ってくれた。その隙間を目指してバイクが入ってくるのをストップして、更に数台車をバックさせて、最後にはバスをバックさせて、無事青い大きいバスをすれ違いさせることができた。

どんな不安やら心配、そして恐怖があったとしても、自分がつくりたい成果に向かって効果的な行動が出来るというのは、力強い見方。昔の私だったら傍観者として誰かがやってくれるのを見ていただけであった。

これも以前書いたランドマークのブレークスルーテクノロジーコースに参加してから得た成果の一つだ。自ら行動し成果を手に入れるということが出来るようになった。

コースの詳細は書けないけど、気持ちに振り回されずに行動ができるというのは知らない国で外人相手に仕事をする時や、仕入れのリスクを負うときなどの仕事にとても役に立つ。そして、言葉の通じない外国で交通整理さえ出来る勇気を入れられるほどにもなった。

仕事の選択

サラリーマンを11年やっていて、一定の収入とそれなりの地位があるいわゆる、まあまあ成功している人生を歩んでいると、その安定を崩すのはかなりの勇気がいる。しかし、いつか自営で上司のいない仕事をしてみたい。いつか、いつか。いつかを夢見て、今の仕事を続けるというのは苦痛が伴う。


こんな時、一歩踏み出しリスクを取ることが出来たらどんな可能性が出てくるだろう。確かにリスクは伴うのだから損をすることもあるだろうけど、得をする可能性の方もまた高い。安定したぬるま湯の人生も悪くはないが、私はリスクを取って7年前に今の仕事にかけてみた。


確かに、収入は一定していないし、社会的地位もないし、仕事の規模は勤めている時より小さくはなっている、そして苦労も多い。しかしやりがいだけは大きく、そ・し・て楽しい人生になったのも確か。

13年前にランドマークのブレークスルーテクノロジーコースを卒業して、リスクを取れるようになったのも成功した要因の一つだと思う。
それまでの自分は石橋をたたいて渡らないだけではなく、石橋を壊して渡らないほどの慎重派であったので、失敗はしない代わりに大成功もしない人生であった。
今ではワラ橋でも渡ってしまうので時々落ちるけど死なないものだし、それより色々な所へ行けるのが嬉しいな。こういうのを自由が広がると言うのだろう。


そのおかげで、年に4回ヨーロッパへ2週間ほど行って仕入れの仕事をすることができ、その他バリ島や上海にも行ける。仕事だけではなくて、美しい物・嬉しい物を見ることが出来て、美味しいものも沢山食べることが出来て、更に美味しいものが食べられれば美味しいものを作ることも出来るようになった。
★良循環! 別名「上手く機能している人生」を歩めている★

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