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2012年05月

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金環日食 2012

ご存知2012年 5月21日は、東京をはじめ日本国内かなりのエリアで金環日食を見ることが出来る。私の新しい友だちは知らない人が多いが、実は私は日食に関してかなり詳しいのだ。前に書いたのと重複するが新しく書いてみよう。

難しいことを書いているので、興味がない人はスルーして。

***

太陽と月と地球がこの順番で一直線になった時、地球上でその軸の上にいる人だけが皆既日食 又は 金環日食を見ることが出来る。だいたい一直線になるということがかなり稀なのに、その中心軸にいるというのは本当に本当に限らられた条件となる。月と地球との距離は楕円軌道なので距離は一定ではない。そのため月の位置は地球に近い時もあれば遠い時もある。月が地球に近いと太陽はすべて隠れる皆既日食となり、月が地球から遠いときは太陽はすべて隠れずに金環日食となる。今回は月の位置が地球から遠いということだ。

ちなみに、太陽、地球、月の順番だと月に太陽の光があたらずに月食となる。地球の方が月より直径は4倍大きいので月食の時間は長いことになるが、日食の時間は短くなる。

見た目の太陽の大きさと月の大きさがほぼ同じというのは、この広い天体で奇跡に近いレベルで偶然の産物。もっと月が大きかったり小さかったりしたら、地球上にいる我々は皆既日食と金環日食両方を見ることが出来ない、どちらかだけとなってしまう。

太陽の直径は140万Km (地球の109倍・・・あれ、意外と小さいな)、月の直径は3500Km 地球の直径は13800Km
太陽と地球の距離は1億5000万Km、地球と月との距離は38万Km・・・

数字を見てもピンと来ないが、月を直径3.5cmのピンポン玉とすると、地球は直径14cm、太陽は14mの球となる。
この比率だと、地球と月の距離は38cm、地球と太陽の距離は15m。
想像してほしい、風船が目の前にあって、40cm先にピンポン玉があって、15m先に14mの球がある。
これらが一直線になっていて、14cmの地球の軸にいる時だけの現象なのだ。今回の日本の日食帯は ≒235Km という広い範囲だけれども地球の広さから比べればほんの線レベル。

昨日、6:50に太陽を見てみたが意外と高い位置にあり、ビルの先から見えたので本番でも晴れていれば見られそうだ。逆に薄い曇りの方が輪っかが見えていいかも知れないが・・ もしかしたら分からないかも知れないけど、もし曇や雨でも普段より暗くなると思う。但し、真っ暗にはならない。フランスのランスで見た皆既日食では昼間なのに真っ暗になってバスはライトを付けて運転していた。

もし晴れていたら、影にも注意。部分日食になると影も面白い形になり、金環日食時には、影が丸くなる (う~ん、この映像をテキストで表現するのは難しい)。


ここはかなり科学的に書いるのでいい。
http://eclipse.star.gs/ni120521/japan.htm

この記事の中で発見したGoogole MAP上に日食帯が入ってる地図
http://xjubier.free.fr/en/site_pages/solar_eclipses/ASE_2012_GoogleMapFull.html
赤い線の間が日食帯、青い線が中心。我が家は中心から300mほどしか離れていなかった・・・◎



*ここから先は私の日食歴史*

●1987年には、会社に3日間だけお休みもらって沖縄まで金環日食を見に行った。これが私の人生の中で初めての部分日食でない本格的な日食デビュー。私が生まれてから日本の土地で初めて見れる日食がこの時。丁度、沖縄本島の真ん中をぶった切るように日食帯が通った・・・

太陽サンサンの昼間、徐々にあたりはひっそりとしてくる。部分日食であっても光はほとんど変わらないが95%以上隠れると、少し異様な雰囲気となり、初めて見る三日月のような太陽はかなりなもの。麦わら帽子からこぼれる影も三日月になり、金環時間は影が丸くなるのが異様。沖縄へ行ったのはその時の2泊3日だけだ・・・


●2年後、1989年には日本の土地の上ではなく小笠原の更に南の海上で皆既日食が見られるのが分かった。天体雑誌を見ると、なんと1万トン級の船が4隻 (せき) も出るとのこと。私が選んだのは神戸港から出航して5日間船に乗り続けるユートピア号。途中、小笠原父島に3時間程上陸が出来る観光が付いている。大きな船は港に着岸できないので小さな船に乗り換えての上陸。小笠原も行ったことがあるのはこの時の3時間だけだ・・・この時の皆既時間は4分位、たったそれだけのために5日間船に乗りっぱなしでも来てしまう魅力がある。

2等船室は、6人部屋。こんなツァーに付き合ってくれる友達はいないから一人で行ったので他の5人は他人だが、みな目的は同じ皆既日食なので方向は合っている。友達になって名前を覚えるまでは、BEDの位置でお互いを呼んでいた。右下手前さん、左上奥の人・・私は、左手前下だった。あれから20年以上たっているが、今でも年賀状のやりとりをしている人もいる。一緒にJAZZのコンサートに行った人もいる。

北緯25度界隈まで南下するので、南半球でしか見られない南十字星も夜になると見られる赤道に近いレベルの所。水平線から昇るサザンクロスは船のうねりとシンクロしてかなり美しい光景。天体ファンが多いので色々と星座も教えてもらった。

当日は晴れ◎ 月が太陽を隠しだすと部分日食が始まる。欠け始めのタイミングをファーストコンタクト=第一接触と呼ぶ。これはこれで少しは珍しい現象なので一生懸命撮影したりビデオに撮ったり歓声も上がる。船はほぼ目的地に到着しているのでうねりの影響のないレベルで旋回している。太陽も90%近く隠れるとすこし海風も涼しくなってくる。

セカンドコンタクト=第二接触 は感動の一瞬! 太陽がすべて隠れるタイミングなのだ。これは人生で3rd contactと共に感動的な場面。この時には、あたりは遅い夕方位まで暗くなる。そして、水平線界隈は 360度 夕焼け。普段見る西の夕焼け、あれが一周全部夕焼けなんだ。途中雲が出てきて一瞬太陽が隠れてしまったが、船長はエンジン全開にして追いかけて再び太陽を確保・・・

皆既になると、強大な太陽の光が消えるので普段は見られないコロナを見ることが出来る。この時になると、光の情報量を上げるために双眼鏡にて見るのがお勧め (金環日食ではダメ)。肉眼では見られない真珠色の柔らかい光は柔らかく輝く ・・・と同時に、プロミネンスもタイミングによっては見ることが出来る。地球何個分もある大きい炎。あの綺麗な真紅は前にも後にも見たことない。人生で最高に美しいもは何かと聞かれたら、皆既日食中のプロミネンスと答えるだろう。残念ながら金環日食では見ることは出来ない。
サードコンタクト=第三接触は皆既日食終わりのタイミング。太陽の膨大な光が月のでこぼこを通して見える瞬間に、ダイヤモンドリング という光の玉をみられる。こっちの方が美しいという人もいる・・が私は2位。

このあと第四接触まで部分日食が続くのだが、メインイベントが終わった後は白けてしまいアイドリング状態となる。他の仲間も”一応写真とるか・・”と言ったり、機材を片付けてしまう人もいる。

この日の夜は盛り上がりの宴会となり、知らない人どうしでも同じ体験をした特別な関係者となる。神戸港に近づき、お別れを言うときは、2年後にある ”メキシコの皆既日食で会いましょう” とか ”じゃ、メキシコで” と言って別れるのだった。


●1991年の皆既日食は月の位置が地球に一番近く、私が生きている期間では最大の皆既日食 6分53秒 という大イベント。この時は丁度、ハワイのオアフ島の上を通り、メキシコのカリフォルニア半島の先端も皆既帯が通る。ハワイは近いし日食がダメでも観光で行けるので人気は高かったが、曇やら雨の可能性は高い。メキシコは砂漠にあるので雨の可能性はかなり低く太陽もほぼ真上に来るタイミング。日食ツアーは色々とあったけれども、調査の結果メキシコに行くことにした。ほんの6分53秒の為に1週間会社を休んで、45万円位かかるのだった。もし、雨だったり曇だったらただ昼間にあたりが暗くなるだけの体験となってしまうが、一度見たころあるので賭ける価値はある。

ロサンゼルスで乗り換えて、チャーター便でカボサンルーカスというカリフォルニア半島の先端の町へ行く。このツァーも100人以上の人が来ていた。LAの空港で待ってると ”タカオちゃーん、じゃなぁい” という黄色い声・・・ お、知ってる人だ。前回の小笠原の時に一緒に船に乗っていた姉妹。向こうで友だちになって一緒に神戸の街を歩いたりもした・・・ ”じゃ、次はメキシコで” と言った人が他にもいてこの引き寄せ力の凄さを思い知った。

ホテルに夜遅く着くと、超豪華ではないけどいままで行ったことないレベルのリゾート。フロントデスクが屋外にあるのがまず驚き。こちらも一人で行ったので相部屋の彼は少し変わっていたけど一緒に行動する。いつの間にか下の階の人達とも友達となって、彼とは今でも年賀状のやりとりをしてる。あ、さっきの(美人?)姉妹も。

外国には行ったことあるけど、メキシコというレベルの所はないので物価が安いのと、英語があまり通じない所もいい感じ。一生懸命使いそうなスペイン語をメモして、これいくら? とか 安くしてよ とか現地の言葉を使う。今でも覚えてる一番初めに話したスペイン語は ウノ テカテ(ビールの名前) ペルファーボール。現地の売店で買ったビールでした。コロナ (ビール) は日本では高いけど、向こうでは当時100円くらいだった。沢山飲みました。

前日には撮影地への下見に連れて行ってくれるのだが、私はパスして休憩してのんびりした。プールサイドに寝てると、給仕が飲み物や食べ物はいかがですかと英語で聞いてくる。チーズバーガーとマルガリータを頼むと少しして持ってきてくれる。今なら普通の出来事なのだけど、当時はこんな贅沢をしていいのか? と自分で質問したくなるようなリゾートであった。カクテルは普通小さいグラスで出てくるものだが、ここのはデカイ。マクドナルドでコーラを頼んだような大きな入れ物にナミナミと入ってる。全部飲んだらいつの間にか寝てしまい、太陽が30~45度位移動していた・・・よく焼けました。

皆既日食当日 (7月11日) は朝暗いうちから出発して、観測場所へ。今回は船でないので自分の陣地を作り、太陽対策と砂対策をしてスタンバイ。メキシコの強い太陽を見てると目の虹彩は最小に絞られて網膜を守る。明るさの変化後数分で適切な値になる機能を虹彩は持っている。皆既日食中はかなり暗くなるので (遅い夕方のよう)、虹彩は最大限に開いていてほしい。つまり、日中はサングラスをしてなるべく太陽を見ないで目を守り、皆既になったらサングラスを外して最大限の光を吸収したい。コロナは双眼鏡で拡大しないと見られないほど弱い光なのでこの作戦が必要なのだ。当時はパリダカ用 (砂漠のラリー)のサングラスで横からの光さえ遮断していた。

人生2度目の皆既日食、やはり美しい。人生で一番美しいものは何と聞かれたら皆既日食と答えるだろう。正式に言えば皆既中のプロミネンスだったけど・・・ 今回は長い時間本当に楽しめた。もう満足。


●仕事をやめて自由を謳歌していた1999年、フランス パリ郊外で皆既日食が見られるのを発見してしまった。お金もかかるが、何か突破口もあるかも知れないと思い出発。調べるとパリの上空では皆既にならず、かなりの部分が隠れる部分日食となる。LAONという所とREIMS という所で皆既になる。今ならランスと言えば有名な場所であるが、当時は知らない所だった。どちらへ行くか決めかねてる時、地下鉄の中で若者が ”日食か? お前はドコへ見に行くんだ? 俺はランスだ” なーるほど、じゃランスにしようと列車に乗ることにする。東駅の電光掲示板は ECLIPS SPECIAL みたいなフランス語の臨時列車が沢山出ていた。この街中にいればどこでも見られるので、ぶらぶらとしていると大きい教会がある。今なら世界遺産でジャンヌ・ダルクが駆け込んだフランスを代表する大聖堂であるのは知っているが当時は知らなった。更に、ここはシャンパーニュの産地だそうじゃないか・・・知らないというのは勿体無い。

普段は静かな街なのだが、この日だけは相当な人数。帰りの列車は混雑するだろうから駅に近い所で観察をすることにしたが・・・空は曇り。時々太陽も見られるが、時々厚い雲に完全に隠れてしまう時もある。部分日食がかなり進んでくると、肉眼でも相当欠けているのが分かる。90%以上欠けるとあたりは夜のように暗くなり、自動車はライトを付けている。ほぼ全部隠れたタイミングでは・・・・なんと曇が厚くなり残念ながら黒い太陽は見られず・・・ ただ、8月の夏なのにあたりはヒンヤリとして昼間なのに真っ暗を体験できた・・・うん少し不完了。

この年はパリ1週間、親と一緒にイタリア1週間、プロバンス1週間、またパリ1週間・・・という仕事をしていない権利を使い時間を贅沢に利用。この時、パリの問屋にて仕入れを覚えて現在の仕事となる、日食は見れなかったけど人生に大きな違いを作った旅となった◎

***

次回日本で見られる皆既日食は2035年、新潟と水戸を結ぶ線上で見ることが出来る。私がその時まだ生きていたら最後に見ることになるだろう・・・・

American idol season11 Queen 特集

日本のFOXチャンネルでは、Best6 になった所。アメリカでは数週間先を行ってるので、優勝者も決まりつつあるのかもしれない。 (知ってる人は教えないでね・・・) 地上波でもやってるのかな? 少なくてもBS238では放送している。

そう、アメリカン・アイドルは素人の歌手が勝ち抜きで10万人以上の応募者から優勝者が決定するまでを少しずつ放送してくれるなかなか真剣な番組。昨年の優勝者のスコッティーはアルバムを出して100万枚売ってプラチナディスクを獲得した。

今日の特集はQUEEN。番組に ブライアンメイ と ロジャーテイラー を呼んでの共演。うん、いま見てもかっこいいぞこのおじさんたち。
http://www.youtube.com/watch?v=oVVApCojAD0

土曜の21:00から2時間かけて歌の挑戦して、日曜の21:00から落ちる人の発表。毎週一人づつ落ちてゆくのだが、みんな上手くて落とすのがもったいない・・・
歌は自己表現。テクニックだけでは観客の心に届かない。こんなのが分かるのも面白いところ。

マッシュルームのパスタ

かつて何度も登場のパスタ。ホワイトマッシュルームとパセリを混ぜたクリームソース。この味は材料からは予想外なのだ。

1階の台所で作ったのでフードプロセッサーもなく、包丁の手切りとなるが問題ではない。

・ニンニクは細かく切って15分後に少し色が付くレベルまで超弱火でゆっくりオリーブオイルと共に火入れ。
・普段はパセリだけを使うのだが、今回は余っていたセロリ (葉っぱつき)とルッコラも入れてみじん切り。
・にんにくオイルに野菜を入れて、塩を少々。緑色が綺麗になる。火は超弱火→中火まで強化。
・緑野菜に火が通ったと感じたらお湯を少々いれてドロドロに。
・マッシュルームは細切りしてから、縦にざくっと切る。
・フードプロセッサーがあれば、緑野菜を細かく切ってから、マッシュルームを追加して大きく切る。
・塩漬けアンチョビーを半身細かく切ってペースト状にして追加。チューブでもいい。
・火を再度弱くしてから生クリームを入れる。この時、完成した時の濃さを考えて量をお湯と調整。
・生クリームが濃いと美味しいようだけど下品な味となってしまうので少なめに (料理は引き算)。
・生クリームは沸騰させたくない。
・パルメジャーノ・レッジャーノを剃って混ぜる。

これにてソースは完成。塩味が足りない場合は塩をいれてもいいけど、アンチョビーとパルメジャーノの塩分があるので本当に最後に入れる。

このソースの場合、普段パスタは、ネジ状になってるフジッリ (Fusilli) を使うけど、この日はConchigliette Piccole (コンキリエ ピッコーレ)  これは貝殻を意味するイタリア語、ピッコーレは小さいという意味。そう、このパスタは大豆や小豆位の大きさ程小さい。銀杏位の大きさのコンキリエは見たことあるかもしれないけど、こんなに小さいのは珍しい。ディチェコであったので買ってみたの。

IMG_3098t.jpg


普通のパスタはフォークで食べるけど、この場合はスプーンになる。人数が多いときや量が少ない時にはいいかも。
味は相変わらず美味しい◎

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